★企業の新常識~AI利用は最低限の必須スキルに~
「過去1か月、コーディングを担ったのはAIと人間のどちらですか」。東京都内のスタートアップ5社に尋ねると、5社とも「8割以上はAI」と答えた。各社の自己申告による数字ではある。それでも、AIをどこまで仕事に使うかを考えるとき、すでにここまで進んだ現場があることは押さえておきたい。
学校の勉強ではどうか。2026年9月に公表されたPISA 2025で、日本の生徒の「AI利用頻度」はOECD加盟国38か国中38位だった。AIが仕事に入り込む一方、日本の学習での利用頻度は国際比較で最下位にとどまっている。[1]
本稿で扱うのは、ChatGPTやGeminiなどの生成AIを中心とした、学習や仕事でのAI活用だ。私は、学校でAIの使い方を教えることを、これ以上先送りすべきではないと考える。教師が使える環境を整え、授業ごとに用途と評価方法を決める。その仕事を担うのは、学校と教育委員会だ。本稿では、導入の判断や費用の問題から、海外高校の利用規定、学生が実際に使う場面までを追っていく。
学校でのAI活用はなぜ進まない?職場との距離を考える
この5社の回答は、企業でAIを使うことの意味を考える材料になる。コードを書く作業を多く任せられるなら、人は要件を決め、動作を確認し、必要な修正を判断する。もちろん「8割」という回答だけで、開発が何倍速くなったかまでは分からない。だが、自分ですべてを書き上げることを前提にしていた仕事の進め方が変わっているのは確かだ。
生産性への効果を測った研究もある。MicrosoftやAccentureなど3社、計4,867人の開発者を対象にした実験では、AIコーディング支援へのアクセスによって、完了タスク数が平均26.08%増えた。文章作成でも、専門職453人を対象にした実験で、作業時間は平均40%短くなり、品質評価は18%上がっている。[4][2]
企画や分析の仕事にも同様の結果がある。BCGのコンサルタント758人が参加した実験では、AIが対応できる課題について、完了時間が25.1%短縮し、品質評価は40%以上向上した。[3]「資料をつくる」「調べた情報から案を考える」「文章にまとめる」といった仕事は、学校の学習とも重なる。
ところがPISAでは、日本の生徒のAI利用頻度指標は−0.69、OECD平均は0.00だった。この数字は利用者の割合ではなく、文章の要約、下書き、新しいテーマの下調べ、学習の補助という4つの用途の頻度をまとめたものだ。授業中だけの数字でもない。宿題などを含む「学校の勉強」で、どれほど使っているかを尋ねている。[1]
この順位を、導入を急がなくてよい理由にはできない。文章の下書きや調べ学習は、学校でも扱っている作業だ。そこでAIを使うと何が変わるのか、何を自分で考える必要があるのか。生徒がそれを学ぶ機会を、学校が用意するべきだ。
質問も添削も待たなくていい。海外の学生がAIを使う理由
AIの利用場面を知りたくて、シンガポールの学生向け掲示板「SGExams」を調べた。そこにあったのは、便利さを褒める声ばかりではない。自分の勉強に役立ったという投稿もあれば、教師の使い方への不満もある。以下は匿名投稿の内容で、学校への直接取材とは区別して読んでほしい。
数学の途中式を撮影して、間違えたところを聞く
2025年6月の投稿者は、数学で分からないことがあっても、教師に質問するのが苦手だったと説明している。そこで使ったのが、自分の計算過程を撮影してAIに送る方法だ。解答集を見ても理解できなかった手順を説明してもらい、どこで間違えたのかを確かめる。その後は、自分で誤った箇所と理由を書き直すという。[8]
この投稿には、AI導入の目的を考えるうえで見過ごせない事情がある。質問するときの気まずさだ。授業で一度説明された内容を、もう一度聞く。初歩的な計算の間違いを見せる。そうした場面をためらう生徒にとって、何度でも説明を求められる相手には意味がある。質問しづらい生徒が、分からないまま授業を終えなくて済む。これは学校でAIを使う、具体的な理由になる。
作文を書いた後、教師の添削を待つ間に使う
別の投稿では、General Paperの作文の添削が返ってくるまで1か月以上かかるため、ChatGPTからすぐに意見をもらいたいという相談があった。投稿者はAIの評価が甘すぎないかも心配している。コメントには、Aレベルの採点基準に沿って評価させたうえで、教師にも妥当性を確認してもらうという提案が寄せられていた。[9]
自分で文章を書き、意見を受け取り、書き直す。投稿者が欲しいのは、この練習をすぐに繰り返せる環境だ。1か月後の添削を待つ間にも、AIから改善案を得て書き直すことはできる。教員は、AIの指摘をそのまま受け入れず、自分の主張や採点基準と照らして判断する方法を教えられる。
「AIを使うよう言われた」ことへの反発もある
学校から使うよう求められたという声もあった。経済の課題で、特定商品の価格動向をGeminiで調べるよう指定されたというコメントだ。書き手は、普通に検索して情報源を選ぶ練習ができたのではないか、と疑問を呈している。[10]
社会科の課題として、AIとASEANの政策判断について対話したという投稿もある。その投稿者は、社会科の記述答案や化学の自由回答にAI採点が使われているとも述べ、教師の指導の仕方に不満を示していた。[11]
匿名投稿から国全体の授業は判断できない。それでも、学校の方針だけを読んでいては見えない不満がある。「AIを使うこと」を課題の目的にしてしまえば、生徒は納得しない。何のために使うのかを説明し、実際に役立ったかを聞くところまで、授業の設計に含める必要がある。
AI導入を現場任せにするな。管理職と教育委員会の役割
では、日本の学校で、教師が「この課題で使ってみたい」と考えたらどうなるのか。費用がかかるサービスなのか、生徒の情報を入力するのか、学校や教育委員会がすでに利用を認めているのか。条件によって必要な判断は変わるが、教師一人の意向だけでは進められない場面がある。
OECDのTALIS 2024は、授業でAIを使っていない教員に、その障壁を尋ねている。日本の中学校段階では、88%が「AIを使って教える知識・技能の不足」を、65%が「学校のインフラ不足」を挙げた。いずれもOECD平均を上回る。[5] AI導入を教員個人の努力に委ねるのは限界がある。使い方を学ぶ機会も、授業で使える環境も、学校として用意する必要がある。
使える環境はあるのか
対象:調査前の12か月に授業でAIを使わなかった中学校段階の教員。各項目に対する自己申告の割合で、全教員の割合ではありません。
出典:OECD「TALIS 2024 日本の結果」。[5]
学校と教育委員会の内部リソースだけでAI導入を進めようとしていては、間に合わない。民間企業の専門性に、もっと積極的に頼るべきだ。教員が日々の授業を担いながら、ツールの選定、研修の設計、導入後の運用まで抱えるのは無理がある。管理職と教育委員会は、学校が求める学習の目的と利用条件を定め、技術や運用の知見を持つ企業と組んで実現する。その協力を継続させるためには、導入だけでなく研修や保守にも、必要な対価を支払う予算が要る。
さらに、アルサーガパートナーズが教職員328人に行った調査で、導入を阻む組織的な壁として最も多く挙げられたのは「ルール・責任の不明確さ」だった。「管理職・保護者の理解不足」より回答割合が高い。[6] 誰が利用条件を決め、トラブルにどう対応するのかが曖昧なら、教師も試しにくい。ルールを決める立場の人が判断を留保したまま、教師に工夫や挑戦を求めても、活用は広がらない。管理職と教育委員会は、試せる範囲と支援体制を示す必要がある。
- 授業・校務での用途を提案
- 校内・管理職が検討
- 必要に応じて教育委員会・設置者と調整
- 費用・契約・情報管理と利用条件を確認
- 試行し、授業での効果を確かめる
公立学校を想定した概略。全国共通の承認手順ではない。[7]
資金の話になると、別の難しさも見える。関西圏のある教育委員会関係者は、聞き取りに対してこう答えた。
「一定の技術をもつのはやはり民間企業であるが、委員会側の制度上、導入に際しての資金導入の収支が0になるものしか通すことはできない。」
この「収支が0」がどの会計・予算を指すのかは、発言だけでは特定できない。だが、民間企業の技術を求めるなら、開発後の運用費まで含めて考えなければならない。
学校に合わせて機能を変える。先生に使い方を説明する。使い始めて分かった不具合を直す。導入後にも人の仕事が続く。仮に、その費用を回収できる見通しのない条件で企業に協力を求めるなら、参入できる企業は限られるだろう。この聞き取りだけで企業の撤退や減少を論じることはできない。しかし、提供を続けられる条件をつくらずに、民間の技術だけを期待するのは無理がある。
受験を理由に止めない。高校が決めるAIの用途と評価
費用や承認の問題を解決したとしても、次に残るのは授業の中身だ。探究活動と大学入試の関係も考えたい。受験で自力の解答が求められるなら、どこまでAIを使わせるべきか。AIで作った提出物を、どう評価するか。サービスを用意しただけでは、教師も生徒も判断に困る。
この点で参考になるのが、オーストラリアのConcord High Schoolの最終学年の評価規定だ。同校では、課題を出すときにAIの利用範囲を示す。使用禁止の課題もあれば、復習用のノートやクイズをつくるために使える課題もある。調査や構成の補助は認めるが提出物の生成には使えない場合、下書きへの助言や編集に使える場合も区別されている。[12]
例えば、構成を考えるためにAIと相談してよい課題でも、そのまま文章を生成して提出してよいとは限らない。教師が何を評価したいかに応じて、使える範囲を変えている。こうした条件が事前に分かれば、生徒は「AIを使ったら不正になるか」と迷う前に、課題へ取り組める。
Randwick High Schoolでは、AIを使った目的、ツール名、入力した指示、日付を記録する書式も用意している。[13] シンガポールの高校段階の学校、Jurong Pioneer Junior Collegeは、2026年から1年生全員に、AIを学習に使うための基礎プログラムを実施すると公表している。[14] 自分で判断できるようになるための指導を、学校の仕事に含めている例だ。
もっとも、使い方を決めれば必ず学力が上がるわけではない。トルコの高校数学の実験では、通常型のAIを使った生徒は練習中にはよい成績を取ったが、AIなしの試験では比較群より成績が17%低くなった。学習支援用に応答を調整したAIでは、この悪影響が大幅に抑えられている。[16]
ナイジェリアの高校段階では、教師の支援とAIを組み合わせた6週間の学習プログラムが、英語・AI知識・デジタル技能の総合テストで成果を示した。[15] こちらはAIだけでなく、授業時間や教師の支援を含めた効果だ。二つの結果を読むと、AIを配ることより、その時間に生徒が何をするかの違いが大きいことが分かる。
受験のために、自分で書き、自分で解く練習は必要だ。そのうえで、解答の見直しや調べ学習にAIを使う場面を設けることはできる。受験があることと、授業でAIを扱わないことは別の判断だ。課題ごとに使える範囲を決め、試行し、AIなしでも理解が残るかを確かめる。海外の高校の規定は、その設計を具体的に示している。
AIを使う力は、特技から仕事の基礎技能へ
冒頭の5社への質問に戻りたい。AIがコーディングの8割以上を担うという職場へ入る人に、何が求められるだろう。コードを読めること、どこがおかしいかを判断できることは必要だ。加えて、AIに何をさせればよいかを考え、指示し、出てきたものを仕事として仕上げる力も要る。
資料をつくる仕事でも同じだ。文章を生成できるだけでは足りない。誰に何を伝える資料なのかを決め、根拠を確かめ、読み手が判断できる形に整える。AIが作業を担うほど、それを任せる人の理解や判断が結果に表れる。
だからこそ、学校が「使ってはいけない」と伝えるだけでは、卒業後の仕事に必要な準備はできない。自分の作文への指摘を読み、採用するかを決める。数学の説明を受けた後、もう一度自力で解く。調べた情報の原資料を確認する。そうした経験を授業の中で積めるかどうかが、卒業後にもつながる。
すべての職種でAIが必須だと断定するつもりはない。しかし、すでに使うことを前提に仕事が進む現場がある。「AI人材」を専門家だけの話にしていては、その職場へ向かう生徒の準備が間に合わない。
AIを使って仕事を進める力は、特技から最低限の技能へ移りつつある。学校には、その道具を自分で扱えるようになるまで教える役割がある。必要なのは、使うかどうかの議論を続けることではなく、何を教え、どう評価するかを決めて授業を始めることだ。
出典・取材について
5社への聞き取りと教育委員会関係者の発言は筆者提供の取材情報。5社の「8割」は各社の認識で、コード量・作業時間・タスク数の統一基準による測定ではない。公開投稿は直接取材と区別し、匿名の体験談として紹介した。学校の規定・方針は学習効果を証明する資料ではない。
- PISA 2025・文科省/国立教育政策研究所、37ページ ↗
- 業務文書作成の実験・Science ↗
- BCG・ハーバードの実験 ↗
- 開発者4,867人の企業実験 ↗
- OECD・TALIS 2024 日本の結果(AI活用の障壁) ↗
- 教職員328人の導入課題調査・こどもとIT ↗
- 文科省・生成AIガイドライン ↗
- 数学の間違いをAIに聞く・匿名投稿 ↗
- 作文の添削をAIに求める・匿名投稿 ↗
- 経済の調査課題・匿名投稿とコメント ↗
- 社会科での対話・匿名投稿 ↗
- Concord High School・2026年評価規定 ↗
- Randwick High School・2026年評価資料 ↗
- Jurong Pioneer Junior College・公式カリキュラム ↗
- AI学習・ナイジェリアの実験研究 ↗
- 高校数学の実験・PNAS ↗
Lab to Impact ↗